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YKK市川寮

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(2023年撮影)道路側南側外観。1987年竣工の作品。 共用棟がラーメン構造であるのに対して寮室棟と家族室棟は壁構造。右手の家族室棟のピロティ下の壁は軸線に対してI/I0中心に向かって振れている。*1

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(2023年撮影)中庭から2階レベルにテラスの共用棟をみる。*1

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配置図

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(2023年撮影)共用棟2階テラスより道路側をみる。*1

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(2023年撮影)共用棟3階バルコニーからの眺め。*1

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(1987年撮影)共用棟3階バルコニーからの眺め。*3

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(1987年撮影)寮室棟東側外観。*3

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(2023年撮影)寮室棟の廊下をみる。*1

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​道路側からの模型写真*2

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(2023年撮影)エントランスよりコロネード方向をみる。*1

断面模型写真*2

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1階平面図

2階平面図

3階平面図

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(2023年撮影)共用棟2階食堂よりテラス方向をみる。インテリアには赤・青・黄の三原色を使用。天井高さは約6m。*1

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(1987年撮影)食堂の照明器具。

​その後LED器具に変更した。*3

(1987年撮影)共用棟2階食堂よりテラス方向をみる。*3

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自然と人工をつなぐ象徴的な門。モダニズムのイコンの布置。

(2023年撮影)寮室棟のエアコン組み込み式出窓ユニット*1

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模型写真*2

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共用棟立面図。

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(1987年撮影)共用棟夜景。背後の樹木を効果的に活用して透明感のある構成となっている。*3

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(2023年撮影)家族室棟を東側道路からみる。*1

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(1987年撮影)食堂の空調吹き出し口を兼ねた巨大家具。青いフィンは空気の流れを制御し上部の青いパイプは暖房時のレターン。*3

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(1987年撮影)単身者用寮室。*3

(1987年撮影)扉脇に設けられた通風口。*3

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共用棟矩計

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(2023年撮影)単身者用寮室。*1

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(2023年撮影)寮室前のコミュニティスペース。*1

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(2023年撮影)家族室棟の外部階段と

​目隠しのスクリーン*1

風の門 YKK市川寮

 

多義的な、あるいはインクルーシブな全体を目指して

大野秀敏

YKK市川寮は JR総武線市川駅の北約1 kmにあり、市川市を東西に走る標高差約10 mの段丘の法面とその南側が敷地となっている。このあたりは第一種住居専用地域、風致地区で、閑静な住宅地である。敷地の北側の法面は豊かな木々に覆われ、比較的乾燥としたイメージを受ける総武線沿線の街のなかで唯一潤いを感ずる市川の印象に、この法面を覆う帯状緑地が大きな貢献をしているようである。

この施設に求められた用途は、吉田工業のための独身寮(27室)とそれらの共有諸室(食堂、厨房、風呂)および世帯向けのアパート(2戸)、それに住込み管理人用のアパートであった。

風の門

最初にこの敷地を訪れたのは3年前の秋であった。敷地の北側の法面の深々とした木々が、初秋の光を受けて穏やかに風にゆれていた。この樹林帯の幅はたかだか15mほどにすぎないのだが、斜面の効果もあって深い森の端を見ているような錯覚に陥る(それは谷と丘が入り組んだ東京で見かける残された緑と共通する特徴を示している)。この緑は私的な所有物であるが、市川市を東西に縦走する緑地帯の一部でもあり、ある意味で公共的な性格を持った、いわば市川市民の財産でもある。したがって、道路からこの緑への視線を新しい施設で塞いでしまうのではなく、道と樹林の間に視覚的な通路を設定すること、これがこの計画にわれわれが設定した第1の目標であった。そのために中庭を中央に取り、その西側に寮室棟を、東側に厨房と車庫、そしてそれに続けて南側に家族用アパート棟を、それらの北側に崖を背にして東西の棟を結びつけるように共用棟を置いている。その際、中央に置かれた共用棟は可能な限り透過性のあるものにし、道から中庭を通して後ろの樹林まで視線が通るようにしている。そのため共用棟は、空間の利用効率という点からすればいくぶん無駄が多くなるが、これは企業の利益の社会還元のひとつの型であろうと考えた。

全体の配置構成は、中庭型であると同時に通り型でもあるという両義性を持っている。2階の食堂や外部テラス、3階の会議室、寮室棟の廊下に沿って設けられた各階のラウンジ、家族アパートの外部階段や居間は中庭の周りに配され、さまざまな開口を持ち廊下に見合い、さまざまな気配を感じられるという点で、中庭型の配置の特性を活かすようにしている。一方、アプローチ側から見れば、門前町の家並みの向こうに楼門が聳え、それを通して境内の樹木が伺えるという風景を連想させる。この構成を強調するように、各棟は形態的な分節がなされているだけでなく、構造的にも寮室棟と家族アパートは壁構造とし、共用棟はラーメン構造と使い分けている。また、東側の家族アパートのピロティ下の壁は1/10程けけ傾いており、奥に向かうパースを強調している。この道は「美」への道であり、正面の共用棟は自然と人工をつなぐ象徴的な門である。それは風が吹き抜けていく「風の門」なのである。

 

「構え」

門,とくに楼門と呼ばれる範疇の建築は非常に魅力的な建物である。それは付属屋にすぎないが、関であって建物全体を表徴し,通り抜ける建物であって目的を持たず、いわば虚空を蔵している。にもかかわらず、日本の近代建築を眺めていると、大邸宅などを除いて、門はとくに公共的な建物ではほとんどつくられることがなくなってしまった。

この建物は道路側の構えでは左右非相称であり、東西の隣接する家並みのコンテクストに協調した住宅地的な構えを持っている。それに対して中庭の奥に控える共用棟は、しっかりした軒線と基壇をもった古典的な構成を持ち、モニュメンタルな構えを持っている。このドメスティックとモニュメンタルという層状の二段構えがひとつの回答なのである。

 

モダニズムのイコン

全体の単純で直行座標系を主体とした枠組みのなかに、ふたつの仕掛けが仕組まれている。ひとつはモダニズムのイコンを中心としたエレメントの布置であり、もうひとつは外気との接触面を長くするような構成である。

ここでいうエレメントとは、寮室に沿って設けられたコロネード、飛込み台のように空中に踊り出た非常階段、ガラススクリーンが付けられた家族アパートの外階段、中庭からテラスに上がるパースのついた階段、テラスから3階に空中をよぎる階段,円形の一部を使った寮の主階段,そしてテラスに立てられた卍型の開口を持つ壁、食堂に置かれた空調吹出し口と配膳口の目隠しを兼ねた巨大家具,白い丸柱などである。これらは形態あるいは位置関係(あるものは主座標系に対して1/10の角度で置かれる)によって自立性を獲得し、単純な枠組みのなかに場をつくり出し、「都市」をつくり出している。またいくつかのエレメントは、オランダ構成主義やコルビュジエの作品を連想させ、これらの建築家に対するオマージュとなっている。とくに2階テラスの卍型の開口は「ラ・トゥーレット」のペントハウスの開口の写しでありコル生誕100年を記念している。かつて形態のイコン性を拒否したモダニズムは抽象的な構成に興味を持ったが、それ自身がいまやある種のイコン性を帯びるに至っている。この現在のモダニズムが持っている抽象性とイコン性の両義性が可能性をはらんでいるように思える。近代建築的枠組のなかに組み込まれたモダニズムのイコンは、全体と部分が相同の構造を持つがゆえに、部分はその独自性を主張すると同時に、全体構成の一要素となり得るのではないか。たとえば、壁に塗られた3原色は、壁を分節するとともにモンドリアン的コンポジションとして自立したエレメントとして意識されている。食堂の巨大家具はこのコンポジションの3次元的展開(青い家具と赤、黄の壁)であるだけでなく、それはこの内部空間の構成の一要素であるとともに、オブジェとして建物のようにも見え、この透けた空間の内外を逆転する幻景を誘うかもしれない。

この内外逆転は共用棟の単純な柱梁の架構のなかに複雑に組み込まれたガラス面によっても増加されている。近代建築には表面積を最小にしようという傾向があり、それは経済性と結び付き、いまやインターナショナルスタイルの主流といってもよいが、初期近代建築やオランダの建築(たとえばヴァン・アイクやヘルツベルハー)には、まったく逆に表面積を増やし外気との接触性が大きい建築がある。単純な輪郭のなかに仕掛けられたさまざまなガラス面や打放しの壁は自然と親和的にし、視覚の楽しみを誘い(視線がいくつかの空間を縫い合わせてゆく)、建物の表情に含みと奥行きを持たせる。

所在地 千葉県市川市須和田2-17-2

主要用途 独身寮 一部社宅

設計

建築 大野秀敏+アプル総合計画事務所 担当/萩原貢 尾崎文子

構造 花輪建築構造設計事務所 担当/花輪紀昭 古川康人

設備 総合設備計画 担当/遠藤二夫 丹治敏 若松宏

 

施工

建築 鹿島建設

空調・衛生/芝工業

電気 YKKエンジニアリング

 

面積

敷地面積 1,600.31m2

建築面積 551.85m2

延床面積 1,370.65m2(内車庫等容積対象外103.68m2)

1階 530.79m2/2階 491.68m2

3階 335.05m2/屋階 13.13m2

建ぺい率 34.48% (許容建ぺい率40.0%)

容積率 79.17%(許容容積率80.0%)

 

階数 地上3階 塔屋1階

寸法

最高高 9,820mm 軒高 9,220mm

階高 2階:2,700mm

天井高 寮室:2,520mm

地域地区 第1種住居専用地域 無指定地域 都市計画区域内風致地区 その他の法規:開発行為

道路幅員 東3.51m 南5.64m

駐車台数 5台(付置義務で11台まで可)

構造 鉄筋コンクリート造(壁構造 一部柱梁構造)

杭・基礎 PHC杭

 

空調設備

空調方式 家族棟:個別ヒートポンプ

エアコン 寮室:出窓組込ヒートポンプエアコン

共用部分:空冷ヒートポンプパッケージ

一部温水輻射暖房

熱源 ガス焚真空式温水機(給湯・暖房)25,000kcal/H

 

衛生設備

給水加圧給水方式

給湯家族棟:ガス瞬間湯沸器 共用部分:中央式

排水 分流式 単独処理浄化槽

電気設備

受電方式 屋外キュービクル変圧器容量 1φトランス75kVA 3φトランス30kVA/契約電力:78kW

 

防災設備

消火 自動火災報知設備 消火器 誘導標識

排煙 オペレータ(手動)

 

設計期間 1985年10月~1986年11月

施工期間 1986年12月~1987年11月

 

外部仕上げ

屋根 鉄筋コンクリート造 躯体防水(タケイ工業)

外壁 コンクリート打放し ウェテキシSローラー塗布

開口部 アルミサッシュ(アルマイト色/YKK)

外構(中庭舗装) 御影石

 

内部仕上げ

共用棟玄関ホール

床 コンクリート直均し P系タイル

壁 PBア12mmジョイント工法 EP一部コンクリート打放しモルタル金ゴテ押えEP

天井 PBア9mmジョイント工法EP

食堂

床 コンクリート直均し P系タイル

壁 コンクリート打放し 一部EP

天井 コンクリート打放し

会議室

床 木造床 ジュータン(ウール毛足10mm/ヒューガ)

壁 コンクリート打放し 一部EP

天井 コンクリート打放し

寮室

コンクリート直均し カーペットタイル(ヒューガ_)

壁 モルタル金ゴテ押えEP PBア9+12mm ジョイント工法 EP

天井 モルタル薄塗り EP 

 

居間(家族棟)

床 コンクリート直均し カーペット(ウール毛足7mm)

壁 モルタル金ゴテ押え EP (外壁面:PBア12mm ジョイント工法EP 発泡ウレタンによる防露仕様)

天井 モルタル薄塗り EP

撮影:

*1:山本真也(アプルデザインワークショップ)

*2:アプル総合計画事務所

*3:新建築写真部

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